由比ヶ浜のシュビドゥダというビストロを知ったのは、このお店のインスタがキッカケだった。どうしてそこへ迷い込んだのかはわからない。黄色いスープの上に何やら揚げた魚が横たわった写真が、最初に目に飛び込んできた。『深煎りトウモロコシの冷製スープ穴子のフリッター添え』と書かれていた。 深煎りということは、トウモロコシの香ばしさを最大限に引き出すまでよく煎ってから、牛乳やコンソメと合わせるのだろうか、冷えたスープをひと口飲み、そのあとカリカリに揚げた穴子をバリバリと崩して、スープに落ちたところをスプーンですくって頬張ったら、冷たいスープと熱々の穴子が舌の上で混ざり合って、トウモロコシの濃厚な甘味が穴子の旨味にのっかって、一体どんな味わいになるんだろうか、いやもしかしたらフリットから穴子の旨味エキスがポタポタとスープに落ちるのかもしれないし、だったらまずはそこをスプーンですくって飲んでみたいなあ、なんて一枚の写真を見ただけで長々と妄想してしまった。

真っ赤な皿に載った真っ赤なトマト。泳ぐようなポーズで皿に置かれた鮎とまわりに散ったスイカのソース。イチジクが添えられたビーツのソルベ。インスタの写真はいちいち美しく、いちいちスタイリッシュだった。ただきれいなだけの料理写真と違って、そのお皿の盛り付けは、計算や予定調和とは無縁のプリミティブな匂いがした。作り手の鼻歌が聞こえてきそうだった。そして何よりも、間違いなくおいしい、と思わせるオーラがむんむん漂っていた。

シュビドゥダがオープンしたのは2017年5月で、ぼくがインスタを見つけたのは7月ごろ、そして10月にはじめてランチを食べに行った。そのときの自分のインスタには、こんなことを書いている。「ふとしたきっかけで知ったお店。めっちゃ好み。皮目パリパリのスズキを、柿と山葵のヴィネグレットで。トロトロのフリットの味を思い出せなくて尋ねたら、正解は白ナスだった。うちでも白ナスは今後すべてフリットにするべきだな」。 次は夜に再訪したいと思いながらも、西湘に暮らしていると、由比ヶ浜はなかなか遠い。「夜はグッと冷え込んでまいりました。赤ワイン片手にシュビドゥダでシュビドゥバしませんか?」なんてインスタを指をくわえながら眺め続けて2年、今回ついに、ようやく、シュビドゥダでシュビドゥバドゥバーなのだ。

そんなわけで、シュビドゥダでシュビドゥバドゥバー。
わずか4席のカウンターに座ると、目の前に店主の高橋規仁さんがそびえる。聞けば身長179センチらしいが、厨房部分がフロアより高い上に、こちらは座っているから、そびえる感がハンパない。そして驚くほど近い。ほんの1メートルくらい先で野菜を刻んでいたりするのだ。遮るものがなにもないオープンキッチン。ここにしかない個性的な料理が作られていく過程を、シェフズテーブルのような丸見えポジションでライブ体験できる。「今日はどんな魚があるんですか?」みたいなひとことから、シェフとのおいしいもの談義がはじまったりしたらもう、カウンター席でのひとりビストロがやめられなくなりそう。

「大通りからちょっと引っ込んでいるせいか、何となく入りにくい雰囲気ってよく言われるんです(笑)。カウンターでひとりワインを飲みながらもの思いにふけったり、テーブルで友達や家族とワイワイ楽しんだり、気軽に使っていただければ」と高橋さん。ハーブやフルーツ、スパイスなどを自在に操りながら、さまざまな香りや食感が楽しめる料理を生み出していく。繊細で大胆、職人肌で芸術家肌、という珍しい料理人に思えるが、そういうタイプ分けは好きじゃないようなので、ナイショにしておこう。




「国籍やジャンルにとらわれない、自由な発想で料理を作っていきたいですね。もともとシュビドゥダという名前も、とくに意味のない即興的なジャズのスキャットが由来なんです。だから、その日仕入れた食材を見て、即興的におもしろい組み合わせを考えたりするのが好きです」。 お店を手伝うことがある奥さん曰く、「すごく忙しいのに、フリーズしたみたいに腕を組んで、盛り付け中の料理をじっと見詰めていることとかあって、本人は真剣に集中しているんでしょうけど、こっちはお客さんを待たせているからハラハラしたり(笑)」。おそらくそういう時、高橋さんは、この皿に足りない色は何だろう、ソースをより鮮烈な香りにするフルーツはどれだろう、なんてあれこれ想像しながら腕を組んでいるのだろう。ご本人は「何か忘れものはないかな、と思っていただけ」と笑っていたけど。


この日、黒板メニューを制覇したい気持ちを抑えながら注文した料理は、カルダモンとオレンジのソースにカカオの食感をプラスした鴨胸肉ロースト、まわりカリカリ中トロトロの豚足にアクセントの豚舌が隠されたテリーヌ、エストラゴン香るキレのある酸味のベアルネーズソースの短角牛ステックフリット、スパイスとハーブががっつり効いたラム肉を詰めたオリーブのフライ、燻製にしたイワシのムニエル、『ラフォレ・エ・ラターブル』のバゲットでソースを拭いまくったウフマヨなど。


おいしい香りあふれる料理とワインに酔いしれて、「インドの太鼓タブラのライブをここでやったこともあるんですよ」という音楽好きな高橋さんの話にも、ぐいぐい引き込まれて。夜のシュビドゥダは、メニューに書かれているように、まさに《愉快な大人の社交場》だった。


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鎌倉市由比ガ浜3丁目11-42 ライオンズマンション鎌倉由比ヶ浜1F 12:00~15:00(L.O.14:00)/17:00~23:00(L.O.22:00) 水曜定休+不定休 *営業時間はお店にご確認ください。
(写真メニュー)帆立とカステルフランコのからすみソース1,000 円、ブーダンノワール 1,200 円、豚足のクリスピー焼き レンズ豆添え1,200 円、ラム肉詰めオリーブフライ800 円、ウフマヨ300 円、ワインはグラス800 円〜、ボトル 4,000 円〜 *お値段は取材当時のものです。