
平成のはじめごろ、魚料理がおいしい店として教えてもらったのが、片瀬の『ホノルル食堂』だ。いまでも忘れられないのが舌平目の塩焼き定食。それまで舌平目と言えば、こじんまりとしたサイズのムニエルぐらいしか知らなかったけど、ここのは文字通り《ソール》サイズが2枚もどかんと皿にのって出てきた。


そんな思い出話を店主・清水政夫さんにすると「昔は江の島でも舌平目がたくさん採れたんだよ。でも舌平目専門の漁師さんが年を取って引退しちゃったから手に入らなくなった。アジからなにから江の島の地魚は、どんどん減ってしまったよね」。とはいえ刺身、焼き物、天ぷら、フライに丼物という定番メニューで、うまい魚をたっぷり食べさせてくれるのは何年経っても変わらない。

『ホノルル食堂』の歴史は政夫さんのお父さんが、昭和35年にはじめた海の家『ホノルル』からはじまる。数年前まで夏は食堂を閉めて海の家を営業していた。いまは海の家から引退し、奥さんの由美さんとふたりで食堂だけを営んでいる。海の家『ホノルル』のかつての姿は、店内に飾られた写真で見ることができる。

「ここは昭和38年からはじめたんだけど、当時は大衆食堂だったので、とんかつや生姜焼きとか、肉料理が中心だったね。オヤジが地元の網元から魚を買ってきて、アジのたたきとかイカ刺しとか出していたけど、お客がサーファーばかりだったので、あんまり魚は出なかったな(笑)。ぼくの代になって肉料理をやめ、魚中心の店に変えたんだよね」。

定番丼メニューの『白身魚とえびのかき揚げ丼』は開店当時からある人気定食だ。白身魚は、刺身用に仕入れたものを小さくカットして使うそうで、それとえびやカボチャなどの野菜を合わせた白飯を覆う大きなかき揚げにする。揚げたてをご飯にのせたところに、奥さんがたっぷりとタレをかける。はちみつを加えて作る自家製の甘めのたれで、これまたご飯がどんどん進むのだ。そしてアジフライも単品で追加がおすすめ。

「アジも本当は相模湾のものを使いたいけど、大きさ、身の厚さ、値段を考えると難しくなってきたね。最近、魚は主に藤沢の市場で買っているけど、今日のは関西方面のアジだったかな」。
かき揚げ丼もアジフライ定食も1,000円。産地うんぬんより、この値段で創業以来の味を守っていることに、むしろ感動してしまった。メインの料理だけでなく、アオサ入りの味噌汁や、毎日丁寧に作られていることがわかる小鉢、キンピラやヒジキの煮物のおかずや浅漬けも、いつ来てもおいしい。

ところで『ホノルル食堂』は、80年代半ばに鵠沼に住んでいた村上春樹さんが足しげく通った店として知られている。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は、鵠沼時代の作品だ。取材の後、はて、村上さんは何を食べていたのだろうと『地球のはぐれ方』というエッセイを読み返してみたら、17、8年前ごろのことらしいが、久しぶりに寄って『さよりとえびのかき揚げ丼』を食べた、おいしかったよ、という記述を発見。おお、村上さんも懐かしの『ホノルル食堂』で、かき揚げ丼を食べていたと知り、ちょっとうれしい。

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藤沢市片瀬海岸3-24-25 11:00 ~ 14:00ごろ 月・金曜定休
白身魚とえびのかき揚げ丼1,000円、アジフライ単品300円
*営業時間や料金、定休日などは変わっていることもあります。