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ぶっちぎりエピ【麦焼処 麦踏/根府川】


エピが好きで、はじめてのパン屋では必ず買うことにしている。フランス語で《麦の穂》を意味する名前どおりのカタチ。その穂先を上に向けたとき、一番下を玉、その上に連なっている部分を粒と、勝手に呼んでいる。ぼくの知る限り、短いのは1玉4粒、長いのだと1玉7粒なんてエピもある。 食べるときはまず、玉を指でつまむように持ち、エピを立てて、いろんな角度から佇まいを愛でる。麦の粒は左右にバランスよく開いているか、その先端は美しく尖っているか、いい感じの小麦色に仕上がっているか。そしてエピの真ん中あたりをしっかりホールドしながら、決してナイフでカットしたりせずに、一番上の粒から順にちぎっていくのだ。粒によって焼け具合が微妙に異なるので、その違いを探しながら食べると、より楽しい。 さて。『麦踏』のエピと出合ったのは、今年の春だった。それまで何度かお店は利用していたが、エピはいつも売り切れていた。初エピの素晴らしく香ばしい味わいにビリビリ痺れてしまい、「『麦踏』で買ったベーコンエピの匂いにガマンできず車の中で食べはじめたら、まあおいしいのなんの、小田原へ到着する前にエピがなくなってしまった!」なんて記事をインスタにアップした。すると、しばらく会っていない知り合いから突然、メッセージが届いた。


「こんにちは!『麦踏』さんのエピって、ホントうまいですよね。先日買ったときは、同じく小田原へ着く前に食べ終えてしまいました。実は『麦踏』さん、うちのオーブンを使ってくださっているんです」。なんと。家にエピを持ち帰ることのできない食いしん坊が、ほかにもいるとは(笑)。彼が勤めるメーカーのオーブンで、これほどまでにおいしいエピが焼かれているということも、何だかうれしかった。


「エピでこんなに感動したのははじめて、ってくらい好みです。石窯のような香ばしい焼き上がりだし、きっとそのオーブンがすごいんですね」。 「いや、つくっている方がスゴ腕なんです。ぼくらが、うちのオーブンでこんなにおいしくなるの?って衝撃を受けるくらいの、機械の性能を越えちゃっている味なので。やっぱりパンは、焼くひとの技術と素材で味が決まるんですね!」。 そんなスゴ腕のパン職人といつかたっぷりエピトークしてみたい、と思ってから半年。『麦踏』を取材してきた。



 

フランスのエピには、ベーコンもチーズも入ってない。つまりプレーンなエピこそが本来のエピなのだが、残念ながら、うみちかエリアではなかなか見かけることもない。 そこで今回の取材時に、『麦踏』の宮下純一さんにお願いして、ホンモノのエピを焼いてもらった。宮下さんも実物を見たことはないそうなので、出来上がったのは、宮下的妄想ホンモノエピなのだが、これがまた何とも素晴らしい完成度だった。正解を知らないぼくがジャッジするのもおかしな話なのだが、フランスのおいしいエピって、きっとこれのような気がする(笑)。 そもそも、なぜ自分がここまでエピに惹かれるのか考えてみると、エピはバゲット生地で作られることが多く、焼きたてのバゲットのあのパリパリカリカリな表面部分=クラストの風味や食感がもともと大好きなので、その香ばしいクラストのカタマリのようなエピの粒をひと口でがぶりといけちゃうところが、たまらないのである。 『麦踏』のエピは3Dだ。穂のひと粒ずつに絶妙な厚みとねじれと凹凸があって、うっとりするほど立体的。そのビジュアルは、玉と粒、粒と粒をつないでいるブリッジ部分をギリギリ最小サイズにおさえることで生まれる。ここが細すぎると折れてしまうし、太すぎると、粒が立体的ではなくなってしまうのだ。 「いつもギリギリのところを攻めていますね。立体的で火にあたる部分が増えれば、より香ばしく仕上がりますから」と宮下さん。小麦は秦野産『ゆめかおり』中心、湘南小麦のふすまをローストして加えている。阿蘇自然豚ベーコンの脂とうまみ、燻香、塩分がしっかり伝わってくる仕上がり。 「ふつうよりもバゲット生地の水分を多めに、発酵時間を長めにすることで、小麦の香りや甘味が強すぎたり、歯ごたえがありすぎたり、そんなふうにどこかが突出するのではなく、全体的に角がなくて食感も軽い、食べやすい味にまとめています。その日のうちに食べていただくのが、一番おいしいと思いますよ」。 取材中、厨房の片隅で何か音がするので耳を澄ましたら、焼きたてのエピが並べられたトレイから、パチパチ、という微かな音が聞こえていた。「エピの表面が割れる音なんです。冷めていくときに、固いパンはしぼまないから表面が割れるんですね。その音を聞くと、ちゃんと膨らんで、いい焼き加減だったかどうかがわかるんです」。さすが、腕のいいパン職人は、厨房で起きていることを隅々まですべて把握している。 宮下さんは、冒頭で紹介した妄想ホンモノエピを10月いっぱい焼いてくれるそうだ。なかなか口にできないパンなので、ベーコンエピ共々、ぜひ味わってみてほしい。『麦踏』の古民家が建っているのは、かつて小田原攻めにやってきた豊臣秀吉が、千利休につくらせた茶室『天正庵』の跡地。約430年前に秀吉ら戦国武将たちもこのあたりを歩いていたのか、なんて思いを馳せながら、秋色に染まった旧道をぶらり歩いてみるのも楽しそうだ。もちろん、エピをちぎりながら。

*妄想ホンモノエピはその後もときどき焼いています。


 

麦焼処 麦踏

小田原市江之浦307



10:00~19:00(売り切れ次第閉店) 火・水曜定休 P6台

エピ200円、ベーコンエピ280円、チーズフランス320円

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