◎『海の近く』2018年2月号掲載記事

飯田商店のつけ麺は、ヌルヌルトロトロの汁に浸かった状態で登場する。ヌルトロの正体は、羅臼昆布とがごめ昆布。それと鰹節で取った出汁から、香ばしい国産小麦の麺をすくい取り、沖縄の塩をちらりとつけて頬張れば、驚くほどダイレクトに、口の中いっぱいに、小麦のうまみが弾けるように広がって、なんだかもう、その塩ちらりバージョンだけで一杯食べてしまいたくなりつつも、鶏スープのつけダレに、好みであおさ海苔や湯河原産の柑橘を加えて、味の変化を楽しみながら食べ進む。

そして最後にヌルトロ汁でつけダレを割って飲むと、何とも言えないシアワセな気持ちに包まれる。こんなつけ麺があるのか。あっていいのか。ここにあるんだけど。 この北海道のがごめ昆布もそうなのだが、飯田将太さんは、自分のらぁ麺に必要な食材や調味料を求めて全国各地へ足をのばす。醤油らぁ麺のかえしにぴったりな醤油(それも何種類もブレンドする複雑なイメージ!)を探して醤油蔵を訪ねたり。自家製麺や塩ラーメンの味を決める塩のために沖縄まで行ったり。業者が店へ持ってきたサンプルを試食して判断するのではなく、直接現地まで出かけていき、生産者と交流しながら仕入れ先を決めていく。
「醤油、塩、小麦、ミツバ、メンマ、卵......ネットで何でも買える時代だけど、ぼくはお会いした生産者さんひとりひとりの顔を憶えています。彼らの思いをしっかり受け止めて、自分の思いと共に作っているのが、飯田商店のらぁ麺なんです」。

滑らかで濃厚なスープは、乾物も使わずに鶏と水だけでとっている。比内地鶏、名古屋コーチン、山水地鶏の丸鶏と、比内地鶏、名古屋コーチンのガラ。一方、誰もがその香りにびっくりする自家製麺は、『はるゆたか』『春よ恋』『きたほなみ』『チクゴイズミ』『さぬきの夢』など国産小麦だけを使っている。配合や加水量を変えることで、醤油、塩、つけ麺、限定麺などメニューによって異なる麺を打ち分けているが、そうした麺作りはすべて独学だと言う。

ところで最近は蕎麦をよく食べているってホントですか?
「このごろ休みの日になると、東京や地方で評判の高い蕎麦を食べに行っています。ぼくは昔から、そういうモードに入ってしまうと、納得できるまでとことん突き進んでしまうタイプなので、まだしばらくは終わらないと思いますよ(笑)。蕎麦って、やっぱりうまみがすごい。つゆをつけずにそのまま食べられてしまうくらいおいしい蕎麦に出合うと、悔しくなってしまいます。幅広い年齢層に愛されているし、日本の食生活に入り込んでいますからね。でもいつか、らぁ麺はもっとおいしくなれるんじゃないか、世界一おいしい麺料理になれるんじゃないか、って思うんですよ」。
取材の1ヶ月後、飯田さんから連絡があった。欲しかった自家製粉用の石臼を買いました、と。早速、挽き立ての小麦を麺にブレンドしたり、手打ち麺に挑戦したりしているらしい。小麦を自家製粉することで、飯田商店の麺がさらにおいしく、何ランクも上へぶっ飛んでしまうことは間違いない。


その後、なんと、2019年春に飯田将太さんは、2年連続ラーメン日本一に輝き、毎日300人近くを魅了してきたらぁ麺とつけ麺をもうつくらない、新しいらぁ麺を考える、と宣言。日本中の飯田商店ファンが、どよめいた。
そして、2019年6月に予告通り新作を発表。9月に発売された別冊『海の近くのおいしいもの』で、どうしても飯田商店の新しいらぁ麺を紹介したくて、2年振りに取材させていただいた。それが、こちらの記事だ。
◎2019年9月海の近く別冊『海の近くのおいしいもの』掲載記事
2019年3月に飯田商店は、全メニューを5月で終了し、6月からはまったく新しい麺に挑戦すると発表した。なんで?もったいない!前のレシピちょうだい!なんて、ラーメン業界が騒然となったのも当然だ。
「ぼくがリスペクトしている佐野実さんの『支那そばや』は、鶏と豚で素晴らしいスープをとっていました。自分もずっと鶏だけで勝負してきたけど、いつか鶏と豚のラーメンに挑戦してみたい、という思いが、心の奥にあったんです」と飯田将太さんは語る。今回、2年振りに取材を申し込んだら、飯田さんは快く受けてくれた。 「でも期待しないでくださいね、ふつうのラーメンですから。それをとことん磨いていきたいんです」と言っていたが、これまでもそうだったように、飯田さんの「ふつうのラーメン」がふつうだったことはない。「とことん磨いていきたい」という思いの強さ、深さは、そこらの「とことん」とはレベルが違うのだ。

そんな努力する天才にとっても、今回の新しいラーメンは難産だった。「なかなか眠れないし、ようやく眠ったら、夢にラーメンが出てくる(笑)。もう二度とあの時には戻りたくないですね」。プレッシャーにヤラれて、一時は味覚まで失ってしまったそうだ。「だから2週間後、出来上がったときの出産感は半端なかったですよ。そこまで真剣にさせてくれるラーメンはやっぱり最高!ってしみじみ思いました」。
新麺降臨。鶏の出汁はこれまで通り、比内地鶏、名古屋コーチン、山水地鶏からとる。そこに東京X、霧島高原純粋黒豚、金華豚、イベリコ・ベジョータなど選び抜いた豚のうまみをたっぷりプラス。鶏豚が渾然一体となった唯一無二のスープが生まれた。

そのスープにつけていただくつけ麺は、白い平麺と茶色がかった細麺がひとつの皿に盛られて出てくる。いずれも毎朝、店内の製麺室でその日の分だけを打ったもの。石臼挽きの粉が入った細麺の方には、断面が真四角の麺とつぶれた麺の2種類が混じっていて、真四角の麺は、噛むことで小麦の風味と麺の食感が楽しめる。つぶれた麺は、汁を纏って口の中まで運ぶのが役目だという。

まずは蕎麦猪口の鰹出汁で麺をすすってから、チャーシューやメンマなどが入ったつけ汁で堪能。そのあと運ばれてきた濃密出汁と黒豚ロースの《しゃぶチャーシュー》を汁に入れてトロトロにかき混ぜたところに麺をくぐらせると、飯田さんが言うところの『エロくないですか?』って味になる。たしかにこれは相当エロエロなり。

そして、〆に用意された別注メニューが、『つけ麺専用お出汁割』。麺を食べ終わると、カウンターの見えるところで指宿産一本釣り本枯節を削り、その贅沢な一番出汁でスープを割る。鶏豚鰹昆布オールスターズのうまみが絡み合い、飲み干してしまうのが何とも寂しい気分に。大満足。
新しいつけ麺もらぁ麺も、まさに《一流職人による極上のクラフトラーメン》だった。飯田さんはきっと、「ふつうのラーメンですよ」って笑うだろうけど。


らぁ麺屋 飯田商店
湯河原町土肥2丁目12-14
営業時間11:00~15:00入店 *予約制(ご予約はこちらから omakase) 火・水曜定休
P16台
つけ麺1,500円、しょうゆチャーシュー麺1,480円、しょうゆらぁ麺1,100円、しおらぁ麺1,100円
*営業時間、料金、定休日などは変わることもあります。