かつて小田原で木の実やドライイフルーツを販売していたナッツくん(本名は高浜遼平さん、現在は秋田県能代市で『木能実』経営)のFBに、「今年の目標 松ぼっくりを食べる!本日達成しました」という記事がありました。それによると、ナッツくんは知り合いのところで五葉松という珍しい松のぼっくりを手に入れて、煮てみたそうな。 松ぼっくりといっても、あのカラカラに乾いて開いて地面に落ちているやつじゃありません。ガウディのサグラダ・ファミリア的なデザインの松の枝先についている青々とした果実です。まさかあれが食べられるなんて!わりとなんでも食べてきた派としては、この事実はけっこうショックでした。松ぼっくり、まったくノーマークだったぜ。 調べてみたら、松ぼっくりが本来の《松の実》であり、あのジェノベーゼに入れるとうまい《松の実》は、正確に言えば《松の種》らしい。で、ロシアではこの松ぼっくりのジャムなんてものがふつうに売られていて、ロシア人はパンに塗ったり、紅茶に入れたりして楽しんでいるそうです。 ナッツくん、日本で作っちゃうなんてすごいなー、どんな味なんだろう、食べてみたいなー、と思っているうちに、ぼくは気付いてしまったのです。我が仕事部屋から見えるクロマツ林も、今たぶんちょうど収穫期の(ってもちろんはじめて思った)たぶんおいしい(これもはじめて思った)新まつぼっくりベイビーの季節を迎えているじゃないか、と。
あれ? あれれ? ってことは、もしかして、それ採ってきて煮たら、自分にもできちゃうんじゃないの、松ぼっくりジャム。ハラショー!

というわけで、松林でハシゴにのっかって高枝切りバサミで採りまくってきました。ってくらいの意気込みだったんですけど、ちょうど近所に、庭の松の枝を刈り込んでいる家があったので、その枝の先についている小さな松ぼっくりベイビーをください、とお願いして、「何に使うんですか?」「ジャムにするんです」「へ?」「いやロシアではこの松の実をですね……」なんてワールドワイドでグローバルな会話を交わしつつ、ボウル一杯もらってきました。持つべきものは、庭に松の木がある、やさしいご近所さん。スパシーバ!

枝についた付け根の部分を切り落としてからはかったら、ざっくり1キロありました。ネットでレシピを調べたら、松ぼっくり1キロ、グラニュー糖1キロ、水1リットルという比率でいけそうです。YouTubeには、松ぼっくりを煮るロシアの動画がいくつもありました。 そこには「えー!今日の食材は松ぼっくりですって!」なんて驚いているような場面はまったくなくて、きれいなロシア女性がふたりで、たぶん「今年の松ぼっくりはどうなの?」「雨が少なかったわりに上出来ね、ジャムにしたら最高よ!」「早く煮ましょうよ、待ちきれないわ!」なんて松ぼっくりトークをぺちゃくちゃ繰り広げながら、もう100回以上作っているかのような慣れた手つきで松ぼっくりを煮ていく様子は、なかなかカルチャーショック的なインパクトがありました。 そういえば、この開いていない松ぼっくりは、このあたりの子どもたちが夢中になってやっていた《松林で松ぼっくりをぶつけあう戦争ごっこ》において、かなり危ない最終兵器的な存在でした。空気抵抗だらけのふつうの松ぼっくりとは違うエアロな流線型、しかも水分たっぷり含んでいるから重いんですね。投げるとふわふわ飛んでいくのではなく、シューッとものすごい勢いで相手に向かって一直線に飛んでいくんです。 これね、先尖っているし、顔とかに当たると、マジ痛い。ほぼ凶器。たぶん、「開いていない松ぼっくりは使用禁止ねー!」とかルール決めていたグループとかもあったはず。今の子どもたちは、そんなふうに松ぼっくりぶつけ合う遊びなんてしないんだろうな。子どもたちとなぜかいつもいっしょにいる「血が出たらマツヤニ塗っとけ!」が口癖のマツヤニオヤジみたいなキャラも、いたら楽しそうだけどな。

で、その松ぼっくり1キロを一晩、アク抜くため水に漬けました。3時間くらいしてボウルをのぞいてみたら、水面にアクではなく何やら脂が浮いています。それはきっと松脂と書いてマツヤニってやつ。火をつけたら燃えそうなくらいギラギラしながら、「オレのアクはそう簡単には抜けねーぜ!」みたいな生命力オーラを強烈にまき散らかしていました。 とりあえず、まったくおいしそうには見えないし、ベトベトになりつつあるボウルをあとで洗うのが大変そうだし、なんだかすげー手強そうだし、もしかしてダークサイドのヤバいやつに手を出しちゃったのかなー、と早くもちょっと後悔気味。ナッツくんも、あの動画に登場していたロシアの美女たちも、ぼくをそっちへ誘導するための闇の組織の一員なのかもしれない。そっち?どっち? なんだかいろいろ混沌としつつ、次回へ続くのです。 海の近く編集部 塩谷卓也