店主の本杉正和さんは、中1のころから将来はパン屋になると決めていて、自分で焼いたバターロールを弁当に持って行くような少年だったそうだ。高校生になるとバイクの免許を取り、ツーリングや登山がてらパン屋巡りも楽しむようになった。高2の時、たまたま手にしたのが、地元のパン屋『ブノワトン』の開店を知らせるチラシだった。
「近所の新しいパン屋さんを試してみよう、くらいの軽い気持ちで行ってみたら、店のドアを開けた時の小麦の香りがすごくて……食べる前から、一瞬でファンになりました」。
興奮しながらパンを買って食べてみた。袋を開ける前から、あの強烈な香りが漂ってきた。そして口に入れた途端に広がる、未体験の衝撃的な小麦の風味と甘味。「働くならここしかない」と心に決めた。

その後、ホテルなどでのパン修業を経て、2002年、21歳で念願の『ブノワトン』に就職した。日本中からパン好きが訪れる人気店だったが、2009年に店主の高橋幸夫さんが41歳で急逝。本杉さんは「地元産の湘南小麦でパンを作っていく」という高橋さんの思いと店舗、製粉所『ミルパワージャパン』をそのまま受け継ぎ、『ブノワトン』で一緒に働いていた夏子さんと結婚して『ムール ア・ラ ムール』を開いた。
おいしいパンって何だろう。香り。味。食感。そして《余韻》だと、本杉さんは言う。パンを飲み込んだ後に、舌の上にも脳の中にもそこはかとなく残って、シアワセな気持ちにしてくれる《余韻》。それを感じてもらうために本杉さんは情熱を傾ける。


小麦は伊勢原や平塚で契約農家に栽培してもらい、『ミルパワージャパン』で製粉。低温低湿ルームに保管してある小麦を製粉する際には、まず6層あるふすま(外皮)のうち外側の2、3層をきれいに削り取り、選別機で粒のサイズを揃える。それからコンピューター制御の石臼で製粉。摩擦熱で香りが損なわれないように、1分間9~12回転という超低速度で挽いていく。
「精麦で味を残し、石臼で香りを残す。粉を挽く作業は、いかに残すかという引き算なんです。6基ある石臼それぞれの個性を把握しているので、小麦の品種や栽培された畑に合わせて使い分けています」。

小麦の価値を創造する《創麦師》を名乗る本杉さんが、そこまで手間暇かけた粉だけが湘南小麦と呼ばれる。湘南小麦の石臼バゲットと共に人気のチクゴイズミのバゲットにはローストしたふすまも加えるそうだ。
「ふすまだけ食べるとエグみがあるんですが、少しだけ加えると、スイカに塩をかけるのと同じで、粉の甘味がグンと引き立つんですよ」。

そんな《余韻》追求の極めつけは、挽き具合の異なる粉のブレンド。
「小麦の粗い粉と細かい粉を混ぜることで食べた時、噛んだ時、飲み込む時、その後の余韻を感じる時に、それぞれ違った香りやうまみの波が断続的に押し寄せて、食べ飽きることがないように作っています」。
なるほど。本杉さんのバゲットを食べはじめると、ついつい1本いってしまうのは、だからなのか。

#伊勢原・海老名・秦野 #伊勢原 #ムールア・ラムール #パン #ミルパワージャパン #湘南小麦
ムール ア・ラ ムール
伊勢原市板戸645-5 営業時間10:00~17:00(売り切れ次第閉店) 火・水・木曜定休 P5台 《テイクアウト情報はこちらでご確認ください》moulusalameule.blog92.fc2.com
石臼バゲット350円、ショコラパリ(小さなフランスパンのチョコサンド)180円、ノワレザン(クルミ&レーズン)250円、チクゴイズミのバゲット350円、オランジェノア(オレンジピール&クルミ)250円、湘南小麦のカンパーニュ2円/g(量り売り)
*営業時間や料金、定休日などは変わっていることもあります。